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公演名 2006年度 京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科舞台芸術コース第4期生
卒業制作優秀作品再演

「SM」
公演日時
2007年 3月2日(金)19:00開演
3月3日(土)14:00開演★
★3日(土)公演終了後、アフタートークあり。
アフタートークゲスト:宮沢章夫氏(遊園地再生事業団主宰/劇作家・演出家・作家)
※受付開始は開演の1時間前から。開場は開演の30分前から。
※受付は開場15分前までにお済ませください。15分を過ぎますとお席がご用意できない場合がございます。
※公演当日は入場整理券を受付開始時間から発行いたします。ご入場は整理番号順です。
場 所 京都芸術劇場 studio21(京都造形芸術大学内)
料 金 無料 ※要予約(座席数90席/1公演)
予約・
お問い合わせ
●制作
TEL.090-4157-9190(山口)
E-mail. s2223m_info@yahoo.co.jp
●京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科研究室
TEL.075-791-9353(平日9時〜17時)
FAX.075-791-8398
http://eizo-butai.org/2006/b_index
主 催 京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科

作・演出: 相模友士郎
出演: 岩崎小枝子、殿井歩、渡守希、諸江翔大朗
美術: 瀧川寛
照明: 村上五月
音響: 外山りき
演出助手: 岩田絵梨
舞台監督: 関田彩乃
制作: 山口幸子
制作補佐: 伊藤美帆

日々のSM
今回「SM」という作品の制作プロセスというものは、「作っては壊す」というものが前提となっていた様に振り返る。そのプロセスにおいて、フィクションとリアリティの解釈が作品制作の過程が進むにつれて常に移り変わり、以前の解釈を常に打ち消す様な解釈が生まれ、また更にその解釈を打ち消す様な解釈が生まれ…という風に作品制作が進むにつれ、フィクションとリアリティというものの掴み様の無さだけが浮き立ってくる様な実感だけを覚えた。しかしながら、それこそが「演劇」というものの表現欲求の先は決して充足され得ないものの中で充足しようとしているという「演劇のよくわからなさ」とでも言うべき魅力なのではないだろうか。
そして今回の再演ではその「よくわからなさ」がより「わからない」所まで行く事が出来ればと考えているが、その「よくわからない」所まで行きたいという事は「よくわかりたい」という事であり、「よくわかりたい」為に「よりわからない」へ向かうという事自体「SM」なのだろうなと、改めて風呂場でぼんやり考えていたりする。
(相模友士郎)
演劇がひとまず俳優と観客の間で生起するものだとすれば、いつどのようにして俳優は俳優となり、観客は観客となるのか。あるいはそこでなぜ俳優と観客は共犯関係を結び、劇場と呼ばれる現実の空間がフィクションの場へと変容することを受け入れるのか。それらの問いを決して観念的に図式化するのではなく、実際に今、ここにある俳優の生身の身体や劇場の具体的空間を相手に試行錯誤する中から練り上げていった確かな感触が、それゆえの微妙な均衡とともに「SM」という作品を刺激的なものにしている。実体と影、自己と役柄、行為と言葉、出来事と情報、等々の関係が複雑な合わせ鏡のように乱反射しながら、演劇というもの(が存在すること)の不可思議さ、不可知さを浮かび上がらせていく展開に、むしろあっけらかんとした愉しさを覚えたと言ってもいい。その構造には、その場での偶然の思いつきが決定的なものへと反転していく創作現場のプロセスもまた反映していたのかもしれない。
ところで、今回の再演作品の選考はすんなりとは進まなかった。結果として「鈍突」と「SM」の二作品を優秀作品として選び、現実的条件から「SM」のみの再演ということになったが、とりわけ「SM」をめぐっては、審査にあたった教員の間でも激しい真剣な議論が交わされた。作品を高く評価する者もそれに疑問を投げかける者も、教員というより同時代の表現者や批評家として看過ごすことのできない、良くも悪くも「問題含み」の何かをそこに感じとっていたのである。再演はその真価を改めて問うための絶好の機会となるだろう。
八角聡仁(批評家、映像・舞台芸術学科教授)