| 1968年、ベルリナー・アンサンブルで観世榮夫とマンフレート・カルゲ両氏が制作していたギリシア悲劇は、ソ連軍のプラハ侵攻の煽りを受けて中止に追い込まれた。それから30年以上の時を経た今、二人は新たな演劇創造の夢を実現する。テキストは、ブレヒトの後継者として知られるハイナー・ミュラーの『戦い−ドイツの光景』より。
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マンフレート・カルゲ
1938年生まれ・ベルリン国立俳優学校卒業後、61年にベルリナー・アンサンブル入団。俳優・演出家として活濯。芸術監督のハイナー・ミュラー急死(96年)からパイマン就任(2000年)までの5年間、ベルリナー・アンサンブルを支える。プレヒトの音楽劇は得意分野でブレヒト・ソングの歌い手としても重要な存在。2002年には「リチヤード2世」日本公演にて来日。
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