| 京都造形芸術大学の在校生で構成されるdotsのメンバーを中心とした卒業制作公演『10の地点』は、何よりその「芸術的過酷さ」へ向かうモメントが印象的だった。(中略)歌舞伎劇場として作られた広大な春秋座を使ってのこの公演は、太田省吾のテクストからの引用劇という形式において、そのテクストに書き込まれたさまざまな形象や人間関係を上演空間へと翻訳する試みだったわけだが、光と陰のコントラストを抑制しつつ用いながら、物語性にも回収されず、また単なる風景にしてしまうこともなく、断片の連鎖という微妙な上演の感覚を生起させることに成功していた。まさにこの上演は、dotsのメンバーたちの強靭な美意識と空間感覚に支えられ、「芸術的過酷さ」に耐えうる「技術」を今まさに手に入れようとしている意味で、素直に見事な上演と評価できるものだったのである。
内野儀(演劇批評家、東京大学大学院助教授)
「舞台芸術」05より抜粋
|
京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科に第一期生として入学以来、桑折現を中心とするグループは学内外で精力的に活動を続け、確かな成果を積み重ねてきた。大学では、太田省吾、山田せつ子、宮沢章夫、川村穀、ジョン・ジェスラン、松田正隆、岩下徹、観世栄夫、市川猿之助ら、第一線で活躍する多彩な舞台芸術家の下で共同作業を行いながら実践的な指導を受ける一方、2001年からは“dots”のグループ名で学外の劇場へも進出し、神戸アートビレッジセンター(KAVCチャレンジシアター'01-'02)、犬島アーツフェスティバル(ダンス・ヒート・アイランド)、伊丹アイホール(Take
a chance project)といったプロジェクトに招聘されて公演を行うなど、すでに学生の枠にとどまらない実績も残している。
野外空間におけるメディアと身体の祝祭的共存を試みた『COMMU-』(2000年11月)、イメージと実体の錯綜した関係を通して、幾何学的な空間の配置を社会的ネットワークとしての「配役」と重ね合わせた『CAST-A−NET』(2001年4月)、3人のダンサーと観客を四面のスクリーンで囲い込み、光と音を全身で体感する上演空間を企図した『シムヒカリ』(2002年3月)、大量の古着を使ったインスタレーションにさまざまな映像を投影しながら、身体と記憶の問題を重層的に扱った『うつつなれ』(2003年3月)など、一貫してメディア技術を積極的に用いたユニークな空間演出を主軸にしつつ、単なる戯曲=ドラマの上演でも安直なパフオーマンスでもない新たな表現領域を模索してきた彼らの作品は、美術、映像、音、身体、言語といった多様な要素を演劇的構造のなかで融合させた、トータルなパフォーミング・アーツの可能性を切り拓く方向へと次第に向かいつつある。劇場空間の歴史性と今日的な情報環境を鋭敏に意識した造形感覚と独自の集団性、そしてチャレンジングな姿勢が、時代とともに大きな変容を迫られている現在の舞台芸術の世界にとって貴重なものであることは間違いない。
卒業制作公演として2003年10月に初演された『10の地点』は、彼らにとって単に卒業を画するばかりでなく、今後の活動に向けての新たな挑戦ともなった。本格的に(せりふ)を扱って物語的構造に向き合うのも、また、これまで主な活動の場であった小劇場を離れて京都芸術劇場・春秋座の大空間を使用するのも、いずれも初めての試みでありながら、高いレベルで成功を収めたと言っていい。太田省吾の旧作テクストから21世紀の演劇状況に相即した潜在性を引き出し、歌舞伎用に設計された舞台空間をダイナミックかつ緊密に使い切ったスタッフのセンスと力量は瞠目に値する。まだまだ多くの課題が残るにせよ、むしろそれゆえにこそ「期待」の一語を口にさせずにはおかないスケールの大きさを、ひとまず何よりも称揚しておきたい。
八角聡仁(批評家、京都造形芸術大学助教授)
|