『キッチン・カタ』とは?
初演は1999年。演技者は舞台上で演技や演奏を行うだけでなく、物語の進行に合わせて実際に料理をつくっている。物語を求めてやってきた詩人の前で主人公の女性(Tara)が、自分の祖母(Chand Kaur)の個人的な体験を自ら演じ始める。視覚(舞台上に積みあげられたカラフルな食材の山)、聴覚(料理をつくるときに出る音やリズム)、嗅覚(料理のおいしそうな香り)、味覚(役者と共有する料理の味)、触覚(食物を触るときの感触)を含めた五感にトータルに訴える官能的な雰囲気のなかで、Chandが置かれていた社会的な境遇(インドにおいて女性であることの意味)が物語られていく(たとえば、たまねぎを切るときに流れる涙が暗示する女性の悲劇的な境遇)。テキストは、メキシコの女性作家ラウラ・エスキヴェル作『水とチョコレートのように』と、イザベル・アジェンデ作『アフロディテ』がベースになっている。 
なぜ『キッチン・カタ』なのか?
きっかけは、2001年2月に東京で開催された「第3回アジア女性演劇会議」の最終日に、パネリストの一人として来日していたチャウドゥリー氏本人によるビデオ・レクチャーだった。そこで上映された『キッチン・カタ』は、「女性と料理」というありふれた主題を、俳優と観客が同じ場を共有しながら交感しあう「演劇」というジャンルにふさわしい、五感に訴える官能的なスペクタクルに仕上がっていた。同時にまた、彼女自身がレクチャーのなかで語っていたように、そこには「独立後のインド」において女性であることとはどういうことなのかを問いかける姿勢が強烈に伝わってくるパフォーマンスでもあったのである。
そのときにはすでに、私たち舞台芸術研究センターの2002年度《上演実験》の「研究テーマ」は「アジアの舞台芸術」であることが決まっていた。学生時代にイギリス文学や演劇の影響を強く受けたのち、インドの民俗演劇の復興にもたずさわることになった彼女の作品は、「伝統」の枠組みに閉じこもるのでもなく、「現代」を無根拠に謳歌するのでもない、まさにその両者の間にあるものとしての「ポストコロニアル」と「近代化」の問題を、そのものとして引き受けているように思われた。「アジア女性演劇会議」の実行委員でもあった本センターの副所長鴻英良が、直接現地に赴くなどして交渉を重ね、ついに、チャウドゥリー氏と彼女の劇団「ザ・カンパニー」による初めての来日公演が実現しようとしているのである。
[演出家の言葉]
「私の想像力は、まさに自分が家庭を持って暮らしている一人の女性であるということから、多大の養分を得ているわけです。私には夫がいて、二人の子供がいて、同居している両親もいます。突然ニューヨークに行って、そこから精神的な経験を得て帰国するなんて、今の私には不可能です。むしろ同種の経験を、私は自分の日常生活そのものから得ているのだと思います。ですから『キッチン・カタ』は、何か深遠な奥義のようなものとはまったく関係がありません。そこで演劇的に構成される音は、日常的に台所で聞こえている普通の物音です。そうやって、私はあくまでも日常的なものや、そうしたものの持つエネルギーを演劇的なメタファーとして用いるやり方を取っているのです」(『シアターアーツ』14号、2001、晩成書房104頁) 
[参加アーティストの経歴]
ニーラム・マン・シン・チャウドゥリー(Neelam Man Singh Choudhry)
インド国立ドラマスクールでディプロマを修得したのち、ムンバイ(ボンベイ)に演劇教師として赴任し、現地でヒンドゥー語の劇団マイマ(Majma)の創設にたずさわる。1979年ボパールに移ってから、演出活動だけではなく、地域の民俗演劇の伝統に対する関心を育むようになる。1983年、パンジャブ州チャンディーガルに移住し、同年自ら主宰する劇団「ザ・カンパニー」を創設。劇団での活動のほかに、パンジャブ大学の演劇学科で戯曲の講義と演出を行いつつ、さまざまな種類の民俗演劇のワークショップを組織し、フォード財団による助成金を得て、パンジャブ語演劇の復興を支援するプロジェクトにもたずさわっている。『トリビューン』やその他の演劇雑誌に定期的に論文を寄稿し、パンジャブ・アーツ・カウンシルをはじめとして数多くの委員をつとめている。2001年2月、東京で開催された第三回アジア女性演劇会議には、パネリストの一人として来日した。 
[ザ・カンパニー(The Company)]
チャウドゥリー氏が芸術監督をつとめる劇団で、パンジャブ州の伝統的な民俗芸能のグループと、都市の素人俳優との共同作業を通じて作品を立ち上げることで知られている。レパートリーのなかには、ラシーヌ『フェ−ドル』、ガルシア・ロルカ『イェルマ』なども含まれており、西欧の古典的な演目から得た着想を、地元パンジャブ州の民俗芸能の美学に基づいた様式で上演することで高い評価を得ている。ロンドン国際演劇祭(LIFT)、アヴィニヨン演劇祭、パース演劇祭など、海外公演も多数。
※ちなみにザ・カンパニーが拠点としているチャンディーガル市は、パキスタン独立によって州都を失った分割後のパンジャブ州の新しい州都として、ル・コルビジュエが都市計画を行ったことで有名な都市である。 

「<味覚の向こう側から>――『キッチン・カタ』に寄せて」
森山直人(京都造形芸術大学映像舞台芸術学科専任講師)
こんな演劇があったらいいな、と一度は夢想しているはずなのに、実際に出会ってしまうと、ただただ「信じられない」としかいいようのない演劇が、今春とうとうインドからやってくる。演出家の名前はニーラム・マン・シン・チャウドゥリー。建築家のル・コルビジュエの都市計画が唯一実現したことでも知られるパンジャブ地方のチャンディーガルで、20年以上も活動している演劇作家である。上演されるのは、昨年東京で開催された第3回アジア女性演劇会議で初来日した折、そのビデオ上映を見て誰もが驚嘆した『キッチン・カタ』。昨年の6月にはシンガポールの国際演劇祭でも上演され、国際的にすでに評価の高い作品である(ちなみに「カタ」とは、パンジャブ語で「物語」の意味)。
初演は1999年。演技者は舞台上で演技や演奏を行うだけでなく、観客の目の前で実際に料理をつくっている。それもそのはず、なんといってもそこはまごうことなきインドの家庭の「台所」なのだ。さながらバザールの中心に迷い込んだかのようなカラフルな食材の山の傍らで、こちらは甘くておいしそうなお菓子が、あちらでは魔法のような手際よさでナンとカレーが、幻惑的で官能的な音楽と台詞と踊りとともに、次々にできあがっていく。勧められるままに、できあがっていく料理を味わいながら、そうやって、私たちは演技者たちの手元から絶え間なく流れてくる豊かな食物の香りとともに、主人公の女性が語り継ぐ物語に、いつしか五感のすべてを委ねることになる。
けれども、どうしてこの物語は「台所」が舞台に選ばれなければならなかったのか? 実のところ、それはこの芝居の重要なテーマにもなっている。女性として生きること――それがインドでいまどのような意味を持っているのかを、静かに深く問いかけてみること。そのとき、何気なく味わっている食物の味が、少しだけ違ったものに感じられるかもしれない。その語りかけに、私たちもまた静かに耳をすませてみよう。新しい時代の演劇が、まさにそこから幕を開けるかもしれないのだ。 

[劇評]
「ニーラム・マン・シン・チャウドゥリーは今日のインドで活躍する最も興味深い演出家のひとりである。チャンディーガルを拠点として活動する彼女の劇団ザ・カンパニーは、現在8年目を迎えているが、すでにいくつかの優れた作品をもって世に知られている。彼女の作品の卓越したエネルギーや視覚的な衝撃は。民俗的な伝統に文字通り依拠しながら独自の演劇的なボキャブラリーとなる要素をそこから選び出した上で再構成し、現代演劇の先鋭的なイディオムを作り出していくチャウドゥリーの能力に多くを負っている」 (「インディアン・エクスプレス」紙)
「ニーラム・マン・シン・チャウドゥリーは、この作品を食物と料理に対する官能的な讃歌に仕上げてみせた。同時に、彼女はまた主人公を、料理をつくることのなかに含まれている技法や創造性を通して台所という牢獄を超越していく存在としてだけではなく、そこに縛られてもいる女性性の象徴として描き出している」(「レヴュー・アーツ」)。
「だがらここでは食べ物が、劇にとって欠かせない要素になっているのである。それはたんなる食物として見なされているだけではなく、登場人物の強烈な欲望と苦痛を表現する上で、絶対になくてはならないものなのだ。台所としてデザインされた装置とともに、観客は、イメージと音楽がかもしだす豊かな相互作用に身をまかせることができる」。(「ストレイト・タイムス」)
「ここでは愛が、食物のにおいを通じて描かれている。舞台の上ではたえず料理が作られているのだが、主人公の語る、亡くなった祖母が人生のなかで体験した喜びや悲しみが、パンをこねることと、野菜を執拗に刻んでいくことのうちに展開されていくのである。舞台は想像力に満ち溢れており、照明も素晴らしい。スラジット・パーターの手になるテキストはラウラ・エスキベルの『水とチョコレートのように』と、イザベル・アジェンデの『アフロディテ』を巧みにひとつにまとめあげていた。」(「ダウンタウン」)
<参考>
「しかしコラボレーションという作業は、支配と排除のプロセスであると同時に認識の変容の場でもある。東南アジア諸国のアーティストたちと十年計画のコラボレーションを行っているタイのナルモル・コップ・サマプルクサ、都市の素人俳優グループと伝統芸能の芸人グループとのコラボレーションを行う劇団「ザ・カンパニー」を十六年間維持してきたインドのニーラム・マン・シン・チャウドゥリーの仕事が良い例だろう。彼女たちは声を「与える」のではなく、長期にわたる作業を通して体験と物語りを「共有」すること、参加者それぞれの人生が変わり、それぞれが声を「発見」することに意義を見出している」(外岡尚美「第三回アジア女性演劇会議――グローバル化とコラボレーション」、『シアターアーツ』14号、97頁より)。
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