沢木順インタビュー

劇団四季、東宝ミュージカルを経て
常に新しい分野への挑戦を続ける沢木順が
自ら企画し、自ら演じる。それが沢木順ソロミュージカル。
その熱い思いを語っていただきました。

沢木順プロフィール

北海道真狩村生まれ、鎌倉育ち。早稲田大学で演劇を学び、卒業後東宝ミュージカル『ファンタスティックス』のオーディションに主役のマット役に抜擢されミュージカル人生が始まる。その後、『ラ・マンチャの男』他の出演を経て、1975年劇団四季に入団。以後、『ジーザス・クライスト=スーパースター』ユダ役、『コーラスライン』ボビー役、『キャッツ』ラムタムタガー役、『オペラ座の怪人』ファントム役、『ユタと不思議な仲間たち』『エビータ』他数多くのミュージカル舞台に立ち、退団後2004年には日本人で初めてのソロミュージカル『YAKUMO―小泉八雲外伝―』に挑戦した。ミュージカル以外にCD、コンサート等でも活躍中。

沢木順とソロミュージカル

劇団四季随一の歌唱力とパワーを誇り、退団後も常に新しい分野への挑戦を続ける沢木順が自ら企画し、自ら演じる。それが沢木順ソロミュージカル。

その第1弾『YAKUMO』は、ギリシャに生まれ、日本に魅せられて帰化した作家小泉八雲(本名 ラフカディオ・ハーン)を題材にしたミュージカル。 4歳からこの世を去るまでの八雲と、彼に関わった30人を超える人物を、ソプラノからアルトまで幅広い声域を使って、ひとりで演じ分ける究極のソロ・ミュージカルとして好評を得、現在もロングラン公演を続けている。


突然の主役デビュー

―沢木さんは、最初、東宝のミュージカルに在籍されて、 後に劇団四季に移られたのですね。
沢木
まずデビューがですね、東宝ミュージカルの 『ファンタスティック』っていうミュージカルだったんです。 日本ではじめてのオーディションシステムによるキャスティング。 今でこそオーディションは当たり前なんですけど、 昔の日本はね、オーディションなかったんですよ。 実は僕は受からなかったんです。僕は2位だったんですね。 ところが公演初日5日前に主役が降りちゃって、 それで電話かかってきて、「沢木、やってくれ」って。 僕、主役じゃないからあんまり一生懸命やってなくって(笑)。 でも、歌は全部覚えていたの。 それで、主役のセリフを覚えて初日をやりました。 ミュージカルのデビューとしては、珍しいですよね。 けどその後、ずっと出来が悪すぎて(笑)。 1年くらい干された後に『ラマンチャの男』とか、 『マイフェアレディ』のフレディーとか、 色々やらしてもらいました。 その後ですね、四季(劇団四季)に行きましてね、 浅利慶太に出会いまして。浅利慶太って、なかなかね、ステキな男でしてね、 まあ、言ってみれば、惚れちまったんですよね。 それで、浅利さんのとこで勉強したんです。 ところが、それまで東宝でメインキャストやっている男が、 四季での最初の作品は『ウエストサイド』のアンサンブル。 だから、友達が見に来て「お前、どこにいるんだよ」って(笑) でも、その後、だんだんいい役をもらえるようになりまして、 最初のうちは四季でも脇役なのですけれども、 『ジーザス・クライスト スーパースター』っていう作品で ユダの役をやらせてもらって、 それから後、『エビータ』でチェ・ゲバラとか、 『オペラ座の怪人』の怪人役とか、 どんどんどんどん、いい役になってきましてね。 で、役者っていうのは40過ぎて役が無くなってくるはずなのに、 40過ぎたら急にぐいっときたんですよ。いや、嬉しいですね。 浅利さんに色々教えてもらったこと、 それから菊田一夫先生(劇作家・作詞家)に教えてもらったことが、 今活かされていますね。 東宝にいた時も四季にいた時も、 ぐぐっと上っていった本当に良い時にいたんですよ。

さらなるミュージカルへ

そして四季を退団されて、フリーになられるのですね。
沢木
フリーになった時に思ったことは、 今までは、ずっと外国のものを輸入して上演してきたわけですよ。 だから「よし!これからはオリジナルを作ろう!」と思って。 それで、どうしたらいいかなと思って、 僕の資金力とかそういうことを考えると、 ソロミュージカルだなと思って、ソロミュージカルをはじめたんですね。 第1回目が『小泉八雲』。 2回目が『ロートレック』。 で、これをずっと続けて、ソロミュージカルっていうジャンルを 確立しようと思っているんです。 日本でミュージカルはそんなに歴史がないので、 だんだんだんだん、年を取っていくと役が少なくなっていくんですね。 でも、邦楽の世界は、年齢がいったときに、 どんどんどんどん、芸が磨かれて良くなっていくんですよ。 落語の世界も年をとればとるほど、いい役が来るわけですよ。 いい仕事ができるわけですよ。 で、ミュージカルはどうもそれがないと。 なぜか。それは一人で勝負できるものがないからだと思ったんです。 ソロミュージカルは、子供から大人まで、男も女も、お婆さんもお爺さんも、 全部演じ分けなきゃいけないわけですよ。 そういう技術を持った俳優たちによる、 新しいジャンルということでソロミュージカルを作って、 そして年取った俳優たちが ずっと舞台で活躍できるような場を作ろうと思ってね。 僕自身のためでもあるんだけど、僕だけのためじゃないんです。 だから、『小泉八雲』にしても『ロートレック』にしても、 やりたい人がいたらすぐやらせます。 だから、京都の大学の学生さんたちね、よく勉強している人たちが 「もしかしたら、私、ミュージカルに向いているかしら」って 「やりたい」って言ったら即台本を渡します。 で、自由に使っていいです。 この後も、『ゴッホ』もミュージカル化して、 それから『信長』のミュージカル化、 『聖徳太子』のミュージカル化、 最後は宗教的な哲学的なものをということで 『ブッタ』も手がけてみたいなと思っていて、 あと4,5本は作っていこうかなと。まだ2作目ですけれどね。 そういう男が私でございます。 発展途上の、これから何とかがんばっていこうと思って、 こういう男の作品を是非是非見ていただきたいと思っていますね。

後編へ続く