experiment
京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター上演実験シリーズvol.15
SOCIETE CONTRE L'ETAT ライブ&シンポジウム
リズモロジー 〜リズムの新しい可能性〜
“世界に息づくリズム”の存在に触れ、自身の身体と共鳴させる音楽家・港大尋。
彼が主宰する音楽集団「ソシエテ・コントル・レタ」は、常に「リズム」を意識しながら活動してきました。ここでいう「リズム」とは、音楽だけがもつものとは限りません。文学、とりわけ詩の世界や、美術、ダンスなど、様々な分野を交差する、ある理念として捉えたい、と考えています。
本企画「リズモロジー」では、シンポジウムとライブによる二部構成により「リズム」についての探求を試みます。第一部のシンポジウムでは、演奏を交えながら、様々な「リズム」についてのディスカッション、また、新しい分野としての「リズモロジー」を提唱します。第二部のライブでは「ソシエテ・コントル・レタ」の新作を披露します。
彼らが織り成す、既存の音楽ジャンルに属さない無国籍の「音」と「リズム」にご期待下さい。
出 演
【ライブ】 ソシエテ・コントル・レタ(SOCIETE CONTRE L'ETAT)
港大尋(サックス、ピアノ)、澤和幸(ギター)、岡雄三(ベースギター)、
清水達生(ドラムス)
ゲスト:萩窓子(ヴォイス、パーカッション)
【シンポジウム】 港大尋、渡辺公三(人類学者)、東琢磨(音楽・文化批評家) 進行:八角聡仁(批評家)

 港大尋は、これまでにアサヒビール音楽講座の企画コーディネイト、豊島重之主宰のモレキュラー・シアターへの参加やオーボエの茂木大輔、マリンバの通崎睦美、三絃の高田和子など数多くの音楽家のための作曲・編曲・演奏を手がけながら、自身のコンセプトをより具体化するため98年よりバンド「ソシエテ・コントル・レタ」を率いて活動を展開してきました。最近のバンド活動では、03年4月に2ndCD「風は海の深い溜息から洩れる」(在日詩人・金時鐘キムシジョンとのコラボ)を発売、その記念ライブを東京、名古屋、京都(舞台芸術研究センター主催/春秋座)、神戸で行いました。また、同年より東京・門仲天井ホールにおいて、<リズム>をキーワードに萩窓子(パフォーマー)、渡辺公三(人類学者)、守中高明(詩人)、丹羽洋子(ダンサー)、李禹煥リウファン(美術家)らを招いて行ったワークショップシリーズは、本企画「リズモロジー」の提唱に至る前段階の活動として重要な足跡を残しました。当ワークショップではゲストの多様さに輪をかけて様々な分野で活動する方が参加し、それらの交流を通して<世界に息づくリズム>を具体的に切り取って提示しうる、新機軸の活動を印象づけました。

 今回は、シンポジウムに港大尋の恩師であり、『ソシエテ・コントル・レタ(国家に抗する社会)』訳者でもある人類学者の渡辺公三氏、同時代の思想に敏感に反応し、音楽だけでなく幅広い観点から執筆する音楽・文化批評家の東琢磨氏をお招きします。文化と音楽の交差点を軸に<リズム>を追求し、新たな理念としての「リズモロジー」提唱へと発展させていく試みです。

 『リズモロジー』は、音楽家の身体から派生した新しい理念であり、一般的に理解される〈音楽〉として整理し難い企画といえるでしょう。それは、<港大尋にとって、「音楽」とは必ずしも耳によって知覚される対象にとどまらず、身体に流れ込んでその一部となって共振する情動の波であり、同時に、それに対して感覚を表象へと変換しながら展開する思考の運動(八角聡仁/当センター主任研究員)>と評されるとおり、ジャンルといった規範を超え、またはそれらの起源を否定する思考に礎があると捉えられるからです。

 情報の選択肢が無数にあり、日々それらが大量に消費されていく現代社会において、私たちは各々が一般的な概念を拠り所に現実世界を捉え、ともすれば、そこから一歩もはみだすことなく均一な思考によって生活を送っているのではないか。彼のボーダーレスな視点は、ふとこのような我々の生と思考に対する根源的な問いを投げかけてくるようです。彼の視点について思考をめぐらせることは、様々な「ジャンル」またはそれに関わる私たちにも、より豊かな創造性を喚起させる機会となるでしょう。
 彼らのディスカッションとライブに、ともに耳をかたむけていただければ幸いです。

ソシエテ・コントル・レタ(バンドの由来について)
 ソシエテ・コントル・レタとは、もともと、フランスの人類学者であるピエール・クラストルが著した本の書名だ。日本では『国家に抗する社会』として翻訳・出版されている書物。南米のインディオに関する調査を書いたものである。国家を形作ってしまうような権力の在り方を避け、それでも如何にして社会を成り立たせるか、というインディアンたちの「野生の思考」を浮き彫りにした。
 ただ、よく誤解されるのだが、バンド名の意味合いとしては、「国家に抗する」というよりかは「国家をもたないようにする社会」の方が適当である。 
 グループとしてのソシエテは、ひとくちに言って、多様なリズムの実験場である。その素材は時に詩であり、数学であり、美術であり、ダンスでもある。そして、様々な地域に聞かれるリズムの息使いに耳を開いて、発見し、驚いていたい。
 世界に息づくリズムは、底知れないほどに豊かである。
 そう、リズムは所有され得ない。インディアンたちが土地を所有しようとしないのと同じように。土地はヒトのものであるのではなく、ヒトが土地に属するものだと彼らは言う。リズムとはヒトが属するものなのだ、と言い換えてみることは果たして可能だろうか。
 およそヒトの世は迷宮の森だ。どこを分け入っても、行くあてもなければ、地図もない。にしても、樹々たちは風のそよぎを受けながら、ざわめいているだろう。葉は葉とずれ、軋みあい、それでもリズムを分有しようとしているだろう。
 そのような思いを込めて、このグループをソシエテ・コントル・レタとした。
港大尋
*ソシエテ・コントル・レタ公式HPにてCD視聴可。http://webclub.kcom.ne.jp/ma/tatsuo
出演者プロフィール
●港 大尋(ピアノ、サックス) Minato Ohiro
バンド、「ソシエテ・コントル・レタ」を率いて、演奏・作曲、詩人とのコラボレーションなど、幅広く活動する。アマラ・カマラとのコラボレーション、豊島重之主宰のモレキュラー・シアターへの参加。オーボエの茂木大輔のための作・編曲、マリンバの通崎睦美のための作・編曲、演奏などの活動。CDにソシエテの1st「ありったけのダイナシ」、「届くことのない12通の手紙」(マリンバ作品集)、林光作品を中心に収めた、竹田恵子との「ギョーザの夢」など。また、小中学校やろう学校などでのワークショップ形式のライブ活動を積極的に行う。最新作CDに「ソシエテ with 金時鐘」。
●澤 和幸(ギター) Sawa Kazuyuki
1965年愛媛県生まれ。79年頃からバンド活動を開始。多摩美術大学卒業後は、音楽専門誌「ジャズライフ」の編集部に在籍しながら、ブラック・ミュージックやアバンギャルド系のバンドで活動し、自己の音楽を追求。浅川マキのステージや、抽象画家トム・レイルズとのセッションに参加。現在 は、荒巻茂生(b)の「ARAMAKI BAND」他で活動中。
●岡 雄三(ベースギター) Oka Yuzo
1966年大阪府生まれ。レコーディングワークを中心に、ライヴハウスでのセッション、CRYSTAL KAYなどのツアーサポートで活動中。現在、元Magoo Swimの野戸久嗣と共に新バンドを準備中。
●清水達生(ドラムス、パーカッション) Shimizu Tatsuo
1967年香川県生まれ。上京後、古澤良治郎氏に師事。ジャズ、R&B、様々なワールド・ミュージックの活動に参加。99年よりシーズ音学院にて山元彰子氏にピアノを師事。2000年「TATSUO BAND」結成。01年、麻倉未稀、庄野真代のステージにも参加。
●萩 窓子(ヴォイス、パーカッション) Hagi Madoko
桐朋学園大学短期大学部演劇科卒業。1987年より95年まで「時々自動」に出演、音楽も担当する。シアターコクーンの「夏の夜の夢」「三文オペラ」に出演。オペラシアターこんにゃく座に打楽器奏者として出演。加藤直演出「ユビュ」の音楽を担当するなど、演技、演奏、作曲で活動を展開。2003年3月、マヤコフスキー原作、加藤直構成演出の「ミステリヤ・ブッフ」に出演。最近の活動では、世田谷芸術文化財団とイギリスのロイヤル・ナショナル・シアター共同制作の観客参加型作品「うっかり・ちょっと・きのこ島」に作曲、出演。

○渡辺公三(人類学者、立命館大学院・先端総合学術研究科教授) Watanabe Kozo
1949年東京生まれ。96年、『レヴィ=ストロース―構造』(講談社、03年再刊)03年、『司法的同一性の誕生』(言叢社)他。
物心つくころ、次々に植民地が独立する「アフリカの年」。60年安保の騒乱とアフリカの動乱は、同じくらい遠いと同時に同じくらいの現実感があった。人類学的視点からアフリカ研究を始めたとき、西欧で生まれた人権の観念は、その西欧が暴力的に支配したアフリカにどこまで通用するのかという疑問を抱えていた。今は西欧の思想がなぜ人類学を生み出したか、アメリカ(の人類学)はインディアンの人々に何を負っているのか、に関心が向いている。
○東琢磨(音楽・文化批評、東京外国語大学非常勤講師) Higashi Takuma
1964年広島生まれ。(株)ディスクユニオン勤務、季刊『アンボス・ムンドス』編集長などを経てフリーランスに。著書に『全−世界音楽論』(青土社)、『ラテン・ミュージックという「力」』(音楽之友社)、『おんなうた』(インパクト出版社)。共編書に『国境を動揺させるロックン・ロール』(ブルース・インターアクションズ)や『複数の沖縄』(人文書院)ほか多数。
○八角聡仁(批評家、京都造形芸術大学・映像舞台芸術学科助教授) Yasumi Akihito
1963年生まれ。90年よりフリーランスの著述家として活動。文学、演劇、ダンス、映画、写真などについて広く執筆する。編著に『荒木経惟の写真術』(河出書房新書)、『現代写真のリアリティ』(角川書店)など。

根 源 へ の 思 考 と し て の リ ズ ム
八角聡仁(舞台芸術研究センター主任研究員/京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科助教授)
 何かを叩いたり、引っ掻いたり、擦りあわせたりするとき、すでにそこには少なくとも音楽と同時に舞踊が、すなわち身体の運動や視覚的なリズムがあり、変容する時間や空間の造形がある。リズムを多様な表現ジャンルを横断する一種の理念としてとらえようとする「リズモロジー」の提唱において、「音楽」はもはや聴覚の問題へと還元されない。たとえばセザンヌが絵画を単に視覚の所産だとは考えなかったように、あるいはまたジョナス・メカスが映画を観客の全身体に働きかけるキネティックな体験として定義するように、「あらゆるリズムが音楽になりうる」と主張する港大尋にとって、「音楽」とは必ずしも耳によって知覚される対象にとどまらず、身体に流れ込んでその一部となって共振する情動の波であり、同時に、それに対して感覚を表象へと変換しながら展開する思考の運動である。
 さまざまな感覚器官を通して流入した音や光、あるいは色や匂いや味や手触りは、リズムとして身体の中で響きあい、変化を引き起こし、相互に転換される。世界中に豊かに息づくリズムに向けて感覚を押し開くことによって、人は絵画の中に音楽を聴き、音楽の中にダンスを見出し、ダンスの中から詩を受け取るだろう。しかし、それは芸術がその起源において一つのものだったことを意味するのではない。むしろ起源なるものを否定することによってジャンルの自己同一性に抗うものこそがリズムなのである。
 ヴァルター・ベンヤミンを援用するなら、むしろリズムとは「根源」であると言うべきかもしれない。「根源は、生成の流れにおける渦であり、発生の素材をみずからのリズムの中にまきこんでしまう」(『ドイツ悲劇の根源』)。重なり合い、反響しあいながら、絶えず何かを生成していく渦としてのリズム。それはつねにすでに複数であり、反復である。ソシエテ・コントル・レタにおける既存の音楽の「引用」もまた一種の「反復」にほかならない。そこでは引用された音楽との関係は(象徴的ではなく)アレゴリー的でしかありえず、起源は生成の渦のなかで宙づりにされる。
 『国家に抗する社会』のピエール・クラストルによれば、南米のインディオ、グアラニたちの社会において、「一」は「悪」である。そして「国家」は「一」であるがゆえに拒絶されなければならない。それに対して「善」は(「多」ではなく)「二」であること、つまり同時にあれでもありこれでもあることによって示される。彼らは一人の人間である同時に人間にとっての他者、すなわち神でもある。「一」とは、「二」であるはずのものを(たとえばリズムを)統括し、支配し、所有しようとするものにほかならず、それはしばしば、失われた(とされる)起源=「一」への郷愁という形で発現する。
 われわれは確かに、呼吸や心拍、睡眠や食事、昼と夜、季節の循環、潮の満ち引き、月の満ち欠け、等々、さまざまな宇宙的、生物的、社会的なリズムのなかで生きている。しかし、周期的リズムへの統合を通して時間を支配し、身体を調律する「一」から逃れるためには、まさに港大尋とソシエテ・コントル・レタが実践してきているように、日常を(また音楽という規範を)条件づけるリズムの均衡に絶えず裂け目を入れ、穴を穿たなければならない。それは国家=国語的な同一性の形成原理に抗うことであると同時にまた、再びベンヤミンに倣っていえば、「歴史」を均質で空虚な連続体から叩き出すこと、過去の時間を「現在時」へと解放し、引用可能なものにする行為であるだろう。

日時 2004年10月2日(土)
【二部構成】 17:30 シンポジウム  19:00 ライブ
会場 京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)
料金
[一般] 前売 2,500円 当日 3,000円
[学生・25歳以下] 前売 2,000円 当日 2,500円
(学生証か年齢のわかるものを提示)
※全自由席
※未就学児童のご入場はお断りします。
前売開始日 4月1日(木)
前売取扱 舞台芸術研究センター 075-791-8240
チケットぴあ 0570-02-9999
チケットぴあ 0570-02-9966(Pコード180-069)
企画 港大尋
主催 京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター
[お問い合わせ]
京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター 〒606-8271 京都市左京区北白川瓜生山2−116
Tel.075-791-9437 Fax.075-791-9438 E-mail info@k-pac.org
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