| 関連インタビュー 笠井叡 Akira Kasai |
| 笠井叡/ダンサー、舞踊家、舞踏家、踊り子、……etc. |
| 空気の中に生命があって、生命そのものを食っていたい |
| ――『花粉革命』は、2001年4月に東京・世田谷のシアタートラムで初めて上演された作品ですね。初演を終えたときの感想をお聞かせいただけますか。 |
| 笠井≫ 初演時、前半は長唄の「京鹿子娘道成寺」をバックにと同様の恰好で鬘をつけて、しかも踊りは即興で、最後に衣裳がばらばらになるというシチュエーションでした。後半はコンピューター音楽やロックなど現代音楽を中心に使って、踊りもそういう感じ。そのふたつがどういう風にむすびついているのか、見える感じが自分では全然つかめなくて、観客が非常に喜んでくれたのは分かりましたけど、正直言ってどうしてそんなに面白いのかよく分からなかった。その後、ニューヨークで再演をしているのですが、その時には何度もやっているから流れがみえてきて、ここをこうやるとこういう観客の反応があるっていうのもなんとなく分かってくる。これはいいか悪いかは別として、作品として完成していたという感じはありました。今回の春秋座公演の場合は、地方がつくとか、歌舞伎用の舞台だったりとか全然シチュエーションが違いますね。だからタイトルは『花粉革命』ですけど、再演というよりもニューバージョンという感じかな。内容、構成もけっこう変わるんじゃないかと思います。 |
| ――『花粉革命』という不思議なタイトルは、どのような思いから考えられたのでしょうか。 |
笠井≫ 私たちはご飯を食べないと生きていけないけれども、そうではなくて私は生命そのものを食べたいと思うの。空気の中に生命があって、直接生命を呼吸できるようなことがあればいいなあと。舞踊家の夢というか、そういう気持ちを作品にしたいと思っていたんです。
「革命」とは、「命をあらためる」ということなんですが、人間は人間の体の中で命を生み出すことが出来るのではないか、と思うんです。経験的な言い方ですが、人間の身体は何にでもなるのね。宇宙より大きいものが人間だと思う。人間の心というのは、勇気をもって奥の奥まで見ようとすると、底知れない広さがあると思うんです。私の好きなドイツの詩人で、ノヴァーリスという人がいまして、彼は『花粉』という日記の中で、「ナイフで身体を傷つけたとき、その傷の感覚をずっと捨てずに奥の奥まで辿っていくと宇宙に行き着く」ということを書いているんです。それを読んで、「革命」という言葉と、「花粉」という言葉が結びついたのね。今は社会的にも「革命」という言葉があふれていて、それはいわゆる社会革命ではなくて、「命をあらためる」という意味においてよく使われている。だからこのタイトルは初演時から2年経ってより深められた感じがありますね。 |
根源的な存在(「京鹿子娘道成寺」の白拍子)に自分を置く |
| ――作品の前半部分、長唄「京鹿子娘道成寺」をバックに踊られますが、この発想の根幹をお聞かせいただけますか。 |
笠井≫ これは結構まじめに考えると難しくてね……。「京鹿子娘道成寺」のテーマを、自分ではわりとまじめに捉えているつもりですが、歌舞伎や日本舞踊の方は私のような捉え方をしていないので、勝手な解釈だと思われるかもしれないけど……。
前々から考えているんですが、女性のタイプには2種類あって、簡単に言えば娼婦型の女性と母親型の女性。例えば神話で娼婦型というのはギリシャではアフロディテとかダイアナなど。これらの女神はみんな神殿娼婦で、お参りにきた男の人に無償で体を提供する娼婦。もう一方の母親型とはギリシャ神話で言うとデメーテルなどの女神で、家庭を守っていくタイプ。これについては今年の夏に上演した『Nobody
Eve』でも少し似たようなことを書いています。長唄の題材にはこの母親型のものが少ないんですよ。白拍子という、日本で言うと廓ものが圧倒的に多いんですね。
昔から娼婦型の女神には「イシ」という名前がつくことが多く、例えばギリシャ神話でいうと、イシス、イシュタルという神がいます。日本でいうと「石」で、これらはみな鉱物神なんだよね。宇宙の中には鉱物神と植物神があって、植物はもちろん、鉱物も水晶が成長するように、生きているんです。一般に生命といって承認されているのは植物のほうですが、もっと古くには鉱物も生きているという思想があるんですね。それが娼婦型の神話の前提にあるんです。例えばアラビアの方にある宗教で、黒曜石を神様にするバール神など、そういった神話はたくさんあります。これらの鉱物神の話には不思議と死がないんですね。つまり、死体も最終的には土に還るから生きている、宇宙の中に死んだものは何もないという思想です。そこまで生命を深く捉えた神話が日本では後に、廓ものの中に流れているんです。日本の芸能、特に長唄の場合は、どちらかというと鉱物神的な生命に至ろうとするものが多いんです。道成寺も白拍子もので、主人公が神に仕える仕事をする修験者を好きになって寺まで追いかけていって、男が鐘に隠れたのを、蛇になって溶かすという話。これはかなり大事なテーマなんです。
私は踊りをやる時に、自分を根源的なものに置かないと、踊れない。そういう存在として、今回は「京鹿子娘道成寺」の白拍子なんです。白拍子は、男性に女性的なものの無限の力を与え続けた存在であり、日本文化の構造においてはずせない、根源的な力を持っています。それは、社会とか生活の根底にあるもの、普遍性を持った人間のあり方なんです。これは実は、全ての人間が予感していることだと思う。こういう人たちの中から芸能は生まれてきているんですね。 |
体をもって、向こうの世界(死者の世界)を歩きたい |
| ――作品解説(チラシ裏面に記載)の中で、「『花粉革命』とは生命からもっとも遠ざかったところでなされる無限の供犠」という風に定義されていますが、笠井さんにとって生命とはどういうイメージでしょうか。 |
笠井≫ 海中の中で生命が生まれ、陸に移行し、今度は陸から宇宙全体にまで広がっていくというように、生物というのは生命圏をどんどん変えていきます。広い意味で、宇宙は生命で満ち満ちているのね。パラダイスのような、生命のあふれたところへ人間は次第に移行していく。それは別の言い方をすれば、生も死もないようなところなんです。「生命」と「死」というのは本当はひとつ、裏表の関係です。ですから、死ぬというのは生命がないというのではなくて、「無限生命」なんですよ。私のイメージでは、死者というのは無限生命の中に移行していくっていう感じがあるんです。生きるというのは「限定生命」だから、飯を食べないと生きていられないように非常に不自由なんです。そういう意味では、一般に言う生と死というのは私の中ではひっくり返っているみたいなところがあってね。私は生きているほうが生命が弱い、つまり満たされていないと思う。そもそも男性と女性に分かれているということが既に自分が欠けている存在です。一緒になって初めて完結するというのは、欠乏している世界に私たちは生きているという感じがある。ところが死者というのは全て満たされているから死なんだよね。生命とは、生と死がひとつに結び合っているというイメージがあるんです。
これは私のものすごく儚い挑戦なんですが、体をもったまま死の世界へ行きたいって感じがするんですね。なかなか上手くいかないとは思っているんだけども……。肉体を捨て去った死というのは面白くないんです。体をもって、向こうの世界つまり死者の世界を歩きたい、という切な願望があってね。それで踊っているわけなんです。これホントなんですよ。あんまりこういう願望を持ってダンスをする人はいないから、「えー、そんなのが踊りなんですか」って言われるけれども(笑)。鉱物的生命というのはそうなんだよ。生も死もない。 |
カオスの中で体現されるエネルギーをダンスの中に流し込みながら踊りを作る |
| ――いつごろから鉱物的生命のことを考え始められたのでしょうか? |
| 笠井≫ これは話せば長いのだけど(笑)。要するに、生まれつき植物生命があまり好きでない。植物生命というのは、生と死という二元的な世界を行ったり来たりしているんですよ。人間社会で言うと、家庭を作り、家族を育て、おばあちゃんおじいちゃんが死んで、お葬式して、生と死を喜び悲しみ喜び悲しみ……、でしょ。そこには秩序があるんですよ。ところが鉱物生命というのは、無秩序なんです。生も死もない。そちらのほうが私にとっては謎深い。恐ろしいんですよそれは。言ってみればカオスの世界ですもの。もうひとつ、男性と女性と別れているのも窮屈な感じがするんですよ。自分のことも、肉体は男性だけれども、中身はとても女性だという感じを持っている。恋愛においても同じで、女性の裏側はとても男性的ですから……。一人の中にどちらの性もあるという感じかな。こないだのワークショップでもけっこうカオスの状態になっていましたよね、ああいう方が好きですね。全体がぐちゃぐちゃになっている状態。ああいう中で体現されるエネルギーをダンスに流し込みながら踊りを作っていく。そういうエネルギーを感じながら動いていく。 |
謎に満ちた肉体の奥の奥に入っていく――一個の身体の中に宇宙全体がある |
| ――舞踏の草創期を故土方巽、大野一雄と共に走り抜け、その後も様々なダンスに身をおきながら現在のダンスに至る中で、『花粉革命』初演時のレビューにも「彼の原点は舞踏だ」「すばらしい舞踏家だ」という評価が多数ありました。笠井さんにとって、ご自分のダンスと舞踏との関連をどのように考えていらっしゃいますか? |
笠井≫ 舞踏についてはいろんな考え方があるから限定はできないのですが、私の考えでは、土方さんや大野さんが作ったというよりも、もっと古い衝動だと思っています。あの時代に突然作られたんじゃなくて、大げさな言い方をすれば人類始まってからずっと舞踏的な生命の捉え方があったと思うんですね。私のカンでは鉱物的な生命に入ろうとするものは全部舞踏。植物的な生命の捉え方、例えば豊穣の祈りや子供が良く育ちますようにとか、死んだら悲しいといったドラマの中でのものは舞踏的なイメージがないのね。舞踏そのものは最もラディカルというか、やりたいことをやっている中で古典的なものを見出そうとするものだと思う。古典的なものというのは身体の中の生命的な力から発したものです。そもそも即興で作られた生ものが長年の間に洗練されて形になっていく。
私の場合も、舞踏的な生命の捉え方をしていて、動きや形は結果の問題です。人間の内面の世界に入っていくと言葉の数だけ身体感覚が身体にうまれるんです。ダンサーは言葉を使わない分だけ身体感覚に頼ってしまうんですが……。ふつう言葉は社会を成り立たせる意味を持つものですけど、それにとらわれるとダメですね。人間の身体は宇宙より大きいなんて、考えられないでしょ。私のダンスは、そういった身体感覚を形にする作業なの。自分の中へ中へ入っていくと、突然視界が開けて、生命の海が広がる時がある。宇宙にある全てのものが自分の身体の中にあるという感覚。そうすると、日常生活をとりまくものが自分のことと思えなくなるのね。一個の身体の中に宇宙全体がある、というリアリティが自分の中にあるんですね。人間がはじめて宇宙全体を理解し、そして宇宙を作ったものと対峙できるというところまでいくには鉱物的生命に入っていかないと植物生命だけでは浅いんですね。 |
| ――体を動かして表現したときに悦びを感じるのはどのような時ですか? |
| 笠井≫ 体はいつか目覚めないといけないんですね。表面の波はざわざわしていても海の底にゆっくりとした大きな海流があるように、体の中も波のようなものがあるんですね。体を支えている深い奥の海流に触れるというのは、目覚めることだと思う。体に向かっているとそういう目覚めが必ず来るんですよ。それが悦びというか、ああ、体ってこういうものなんだって思う。きっとそういうのは踊りの中でふっと突然に訪れるものでしょうね。宇宙よりも大きいのは人間の体ですよ。肉体ほど深いものはこの世にないですから。もっと簡単にいえば、体は不可思議なもの。コンピューターなんて何も複雑なことはなくて、何億台使っても肉体の能力にはとてもかなわない。今は機械文明がどんどん進んでいるから、世の中はそういう感じじゃなくなってきているけど……。肉体は、本で言うと何万ページもある本で、人間はその内の一ページくらいしか読まないで死んでしまうんだよ。ほんとに悲しい存在じゃないですか。我々が知っている部分は本当にわずかなんです。それを知るには、ダンスとは言わないけれども、自分の体にずっと向かっていって、何千ページもの本を読むこと。それは謎に満ちた迷宮のような肉体の奥の奥に入っていって、出てこれなくなるまで入っていくことなんですね。 |
生命の実体を捉える――生命の海をもう一度体の中に取り戻す |
| ――『花粉革命』後半のイメージや、作品全体を貫くイメージをお聞かせください。 |
笠井≫ 後半は照明がブルーになって海の中に戻っていくイメージなんです。生命そのものの海のイメージが後半です。生命の海、宇宙全体が一種の生命の海みたいなもので、そういう中に還っていくというのが『花粉革命』のイメージですね。現代は遺伝子をコンピューターで操作するなど物質的なもので生命現象を捉えるような傾向にあります。私たちの社会生活はコンピューターに支えられていますから、それもひとつの現実ではあります。けれどそうではない生命の捉え方、もう一方のリアリティを私たちの社会生活にひっぱってこないと社会は豊かにならないと思うのです。一個の身体の中に宇宙全体があるというリアリティです。両方があって、人間が生きているという感覚を持ちたいと思う。
この作品において、花粉というのは一種の生命のようなものです。『花粉革命』は、生命の海をもう一度体の中に取り戻すというイメージがあるんですね。そこではもう、植物性とか鉱物性とかはどうでもいいんです。生命の実体は決してDNAや顕微鏡では捉えられないし、それは、踊りでしかだせないなと思う。芸術は本来生命を生み出す力をもっているんです。人間一人一人の中には命をつかむ力があって、そういうものを観客の方と共有できる、そういう共通の磁場を作りたいと思います。 |
| ――今年で還暦を迎えられるそうですが、舞踏にとどまらず様々なダンスに身をおいて活動をされる中で生み出された『花粉革命』そのものが笠井さんのダンスの力として伝わるのではないかと思いました。そして、これからもまだまだ進化していかれるように思いますが、最後に、今後挑戦していきたいことをお聞かせいただけますか。 |
| 笠井≫ 私はソロダンスから始めたんですよ。ドイツに行くまではソロダンスしかやっていなかったんです。ドイツへ行ってから14年間舞台に上がっていなかったんですね。それで帰ってきてからは振付けをやったりデュオをやったりと、あんまりソロをやっていなかったんです。だから、抽象的ですけれども、これからはもうちょっとソロダンスに集中したいという感じはありますね。 |
| (2003年9月 天使館にて/聞き手・構成:神前沙織〔舞台芸術研究センター〕) |