ポール・クローデルは、二十世紀フランスの最も重要な劇詩人で、現在でも新しい演出で上演され続けている。同時に外交官でもあったクローデルは、中国に14年間滞在した後、大正年間には日本に正味5年近く滞在し、日本の伝統演劇や美術に強い関心を示し、特に能については独創的な能論を残している。日本滞在中に集大成的戯曲『繻子の靴』を完成。また日本の伝統的詩歌に想を得た短詩型の『四風帖』『百扇帖』などを作った。 クローデル研究者として国際的に知られ、『繻子の靴』の翻訳・注解で毎日出版文化賞等を受賞した渡邊守章が、観世榮夫と協力して作った「クローデルの詩による創作能」の第一作『内濠十二景 あるいは《二重の影》』は、2001年に詩人の晩年の居城ブラングにおいて世界初演され、2004年、京都芸術劇場春秋座において、観世榮夫、野村萬斎、梅若晋矢等の出演で上演され、好評を博した。『薔薇の名――長谷寺の牡丹』は、観世榮夫との共同制作の二作目であり、昨年亡くなった榮夫師の追善として、いかにもふさわしい。 『薔薇の名――長谷寺の牡丹』は、クローデルの詩による創作能として、第一作より一層詩句の重層的な効果と音楽の多重性を活かしたものである。前段は、詩人が中国福州滞在中に体験した人妻との《禁じられた恋》の記憶を、その恋の舞台であった福州鼓山湧泉寺を訪れた若者に、謎の尼僧が啓示する。この恋を描いた戯曲『真昼に分かつ』のヒロインの名がイゼであり、またモデルとなった人妻の愛称がローザ(薔薇)であったことから、「薔薇の名」をめぐって、イゼ=イゾルデと、イゼ=伊勢の相関的な意味作用が喚起される。間狂言は、鼓山湧泉寺の童子が、伊勢に所縁の岩屋戸神話のクローデル的読解の謂れを説く。後段では、晩年の詩人が奈良初瀬の観音寺を訪れた際に、牡丹の紅に薔薇の記憶が蘇る体験を歌った詩篇をもとに、初瀬観世音の化身である歌舞の菩薩の優艶な舞が展開される。前シテの福州湧泉寺の尼僧の姿を取って現れるイゼの霊と、後シテの牡丹の精であり歌舞の菩薩でもある出現を観世銕之丞が、クローデルの足跡を訪ねる若き詩人を梅若晋矢が、岩屋戸神話の解釈学を展開する鼓山の精霊を茂山逸平が演じる。 観世榮夫師による節付けは、近年の創作能のなかでも白眉と絶賛された。